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遊宇 稲森

Interests
このブログ色々吐き出しているので、復活させるのは怖い
敬天愛人。
敢に志があるならば事は果敢に行うべし。
29 July

なかなかねえ。

 駄文に次ぐ駄文。
 どうしてこうも固まってしまったのか。
 何か、
 ちょっと前には溜まっていて、
 溜まって溜まって、
 結晶化したいたものが、
 今は、
 まったく溜まらない。
 人生にとっては、
 幸せな前進・・・
 なのだろうか。
 人とのコミュニケーションに悩んでいたころは、
 書くことでしか晴らせない何かがあったが、
 今、
 コミュニケーションにそれほど悩まなくなって、
 どこか、
 すっきりしてしまっているのだろうなあ。
 このすっきりは、
 ある種の停滞であるのだなあと、
 始末に負えない感じ。
 このすっきりを求めても
 来たのだから、
 10年来。
 でも、
 すっきりを得ても、
 どこか
 満たされないものがある。
 このどこか満たされないという気持ちが、
 次の原動力になるのかもしれないが、
 かつての、
 青い悩みのときほど溜まるというのは。
 いや、
 これは、結晶化しないものなのかもしれない。
 
 このまま、
 書けなくなるのが、
 僕にとっては、
 ひとつの恐怖だが、
 やっぱり、
 これが深刻なものなのかどうかは、
 わからない。
 
 今僕には、
 カンパネルラというような、
 すばらしい響きの言葉を生みだす力がないことは確か。
 そういった面白みが、
 少なくとも、
 文を書く上では消え去って。
 もどかしくて。
 もどかしくて。
 だけど、
 これを動かそうとすると、
 頭が、痛くなる。
 雰囲気じゃなく、
 本当に、
 どーんと痛くなる。
 
 どこか、
 停滞。
 もしかしてら、
 かつては、
 望んでいたかもしれない停滞。
 
 
09 July

三歩2歩

 うまくいかんなあ。
 ホップステップジャンプ。
 とは、
 いかんのが人生か。
 せめて、
 一歩一歩。
 事務処理し出すと、
 とたんに頭が痛くなる最近は。
 笑ってしまう。
 体動かすのも好きだけど、
 頭使って、
 言葉を繰って、
 することは、
 もっと得意になれたと思っていたけど。
 両方がうまく回るってのは、
 なかなか難しい。
 どちらも、
 うまくいっていないよりは、
 苦しくないけれど。
 
07 July

頭痛

 ストレスが貯まるという感覚に、
 新鮮なものを感じていたのは、
 いつの頃までだったか。
 今は、
 頭痛に悩まされる。
 人と人の中に生きるということが、
 普通になったからなのか。
 弱くなったのか。
 このストレスは、
 それでも、
 人、
 特に、
 身近で、大事な人達との
 共感には役立っているだろう。
 そう信じる。
 僕の感じたいもの、
 知りたいものは、
 多くある。
 だからと言って、
 ストレスを知って。
 その先、
 僕はどこへ進のだろう。
 そう思う時もあるが。
 でも、
 何者かになるというのが幸せではないのだろうな。
 人と共感し、
 言葉では難しいけど、
 温かく包まれているような。
 そんな感じでいられる時。
 やっぱり、
 生は充実する。
 何者かになったとしても、
 この充実がなかければ、
 それは、
 ゲームをクリアしていることと、
 同じ心地よさでしかないのではないか。
 ゲームをクリアする以上の、
 小説を読み進める以上の、
 いや、
 別の次元にある、
 生々しい、
 みずみずしい、
 生の実感は、
 この頭痛から、
 はじまると信ず。
05 July

久しぶりに使ってみようと思い・・・

 ミクシーを使っていると。
 どうも内向きの言葉になるず。
 面白くない。
 だんだん、
 人の目を気にして、書いている自分に
 うんざりする。
 今日、
 もう一度このブログをさらっと読み返してみて、
 この3年の
 自分の退化にびっくりした。
 そう、
 あのころ。
 このブログ最後の日々は、
 それはそれなりにスランプだったはずなのに。
 今、
 読み返すと、
 とても瑞々しい。
 よっぽど今がスランプだ。
 スランプ?
 それとも老い?
 答えが出せないほど。
 僕は疲れている。
 って思うことがある。
 一か月のなかで、
 何日かは、
 頭が痛くて眠られず。
 ほんとうにひどい。
 特に、
 言葉が、
 糞ずまって。
 あまりにもひどい羅列になっている。
 今を、
 またここに書き出すことで、
 昔の志に対して、
 失礼のないよう。
 再度。
 志を新たに!
 事をするに、
 まっすぐに。
 果敢に当たっていくために。
 
11 October

毒々しい色した葦

 見失った道。
 なくなっていく個としての葦。
 僕としてではなく
 集まりの中の一つのもやもやしたもの
 整えられていく、
 大人としての道。
 かたづかられるようになった部屋。
 うまくとれるようになった
 無個性なメモ。
 それは、一つのあこがれ。
 それは、一つの達成。
 
 奪われていく楽しかった日々。
 ぼさぼさのひげは、
 不可欠な要素ではなく、
 無駄として記録。
 名前のない葦。
 多くの中のぼんやりとした一つ。
 
12 August

古今とこの仕事と私。そしてもう三十歳・・・

  久しぶりに、自分のブログを開いた。

 30歳となり、立つ時だねって思ったけど、現実はそう簡単ではない。思ったように進むなんて、神様じゃないから無理だよって

諦めていたはずなのに、それでもどこか期待していた僕がいたんだなって思う。

 しょーじき仕事辛いって思う日がこの半年でかなりあった。

今、酒屋の配送をやっているけれど。なにしろ重い。その上かなりスピードも。おまけに慎重に扱わないと割れるし・・・

最初の三ヶ月やってみてできないって思っていた仕事って今までなかったけど、今回ばかりは三ヶ月目でもめどが全く立っていなくて。

自分ってこんなに仕事できんかったっけ??って落ち込む落ち込む。

こりゃーやばいかなって思う日も何日も。

まあですが、ようやくなんとかかんとかって思ったのが昨日で、今日は少し気分が落ち着いていてこれを書いていますが。

これまで続けてきたことも、いろいろできなくなってしまったここ数ヶ月でした。

 

 

 

 

 

 

19 January

調子がいいけれど。

 調子がいい、調子がいいって思ってますが。
 でも、仕事が深夜からあって、なかなか昼の活動を制限されています・・・ってか昼寝のことが多い。
 彼女との時間を作るためでもありますが。
 今の仕事だと、昼間働いている人のペースに合わせようと思うと、どうしても睡眠時間が減ってしまう。
 調子がいいときに変わっていかないとね。。。今の仕事は他の条件も悪いし。
 
 
 
 
10 January

立!

 
 年が明け、とてもいい感じになっています。やろう!と思っていることはいくつかあるけど、手がつけられていない状態。それでも、なんか気分だけが高揚しているという状態なんですが・・・
 
 毎年、元旦に大事にしているのは、一回心を落ち着けてみる時間を持つということです。長い時間ではないですが、部屋を真っ暗にして、目を緊張しない程度に開いて、腹式呼吸で気持ちを整えて、頭の中を空にしてみる。
目を開いて、何も考えない状態って、意外と少ないんじゃないでしょうか?
特に一時間以上もその状態でいるってことは、それほどない。
だから、僕は元旦には必ず、これをやってみます。
 
一度、リセットした気持ちになって、一年を過ごす土壌を作るというか。
体調が悪かったり、気持ちの調子がよくないときは、この少しの空白の時間を持つことができなくなるんですよ。僕だけかもしれませんが。
 
 今年は、元旦から四日まで風邪で、元旦の一時をもちそこないましたが、この土曜日にその時間を持つことができました。
 
風邪も、本当に体調が悪いときは、ひけないっていうのが、僕の持論です。
風邪になっても休めないと、また辛いですけどね。
風邪で寝込むのも、空っぽになることを試みて成功するのも何年かぶりでした。
おかげで、なにかすっきり気持ちが流れている感じです。
 
さあ!30の年。「三十にして立つ!」
 
 
 
24 September

途中で飽きて

 最近、どうも書くことに飽きてしまうときが多く。というか、 のりのりで書こうとすべりだすのだけど、書いている途中で、つまらなくなって、半ば投げ出すように終わってしまうことが多い。
、、、老いのはじまりかのう。
 来月、妹の結婚式が、沖縄で行われ、その時一緒に旅行もしてくるつもり。それが今から楽しみですー。きれいな空、青い海、心地よい風。そして、会社に入って初めての長期休暇(といっても五日くらいかな・・・)。そろそろ僕に吹いている風が変わりつつあるようです。
 ・・・彼女もできました。十三年上、子持ち!!僕がB型、相手がO型で、あまり小さなことに頓着しない彼女に、なんかとても癒されてます
 フラレタの、ふられなかったの、なんだか騒がしい年だ(笑)
 
 
 
16 September

小泉を恐れよ!!

 なにが怖いのか。小泉さんを、ただの無能だと見切ってしまうことだ。また逆に、彼抜きでは、すばらしいことは何も起こらないのだと信仰してしまうことだ。例えばそれが、ある一部分に関することから始まったとしても。

 民主主義は、急速な変化には不向きな政体だ。多くの人に耳を傾けるのだ、時間が掛かるのは仕方ないのだ。

 でも、それがゆえに、民主主義ほど、創造的で詩的で、たくさんの感性を必要とするものはないと思う。小さな変化、まだ芽すら出ていない種の中で起こっているような小さな変化にも耳をすまさなければ、民主主義には飽きてしまうだろう・・・

 日本人は、民主主義が忍耐力のいる作業だということを忘れて、否、気づかずにいると思う。

 それは、民主主義が与えられたものだったからなんだろう。残念だと思う。

 もう一度同じ歴史を繰り返すとしたら。60年前に終わった歴史ではなく、かつての民主主義が途絶えた同じ歴史。ネガティブに民主主義が否定されるのではなく、積極的に打ち壊されてしまった時代。そんな時代をもう一度繰り返すとしたら。僕たちの世代は、子や孫の世代に、どういいわけするのだろう。

 子や孫たちは、自分で選ぶこともできす人生を歩まねばならなくなる。民主主義を否定し、無関心であることにも、またあるいは積極的に自分の生きている政体を支援するということにも。そんな権利がなくなってしまうかもしれないのだから。

 私たちの子や孫の世代が、そうした権利を得るためには、命の危険すらともなうようになるだろう。そこまでの覚悟を持つ必要が出てきてしまう。そんな高いハードルを僕達は、自分たちの子や孫達に設定する権利があるだろうか?

 

小泉さんを恐れるしかない。小泉さんという、一人の能力に頼って大きな変化を起こす。日本人は、そんなふうに無味乾燥に人生を送ってはならない。

 

 

 

13 September

日本人が、一人の人間に命を預けた朝。小泉さんは、良心の塊でありますように。

 昨日の朝は、蒸し暑いのに一瞬寒気を覚えました。
  今回の選挙の結果、みなさんどう考えてますか?
 
 
 今回、小泉さんは、郵政問題のみを強調して、その主張にあっさり載せられてしまった人が多いけど。今、国会ではいろいろ重要な問題を審議しています。中には、民主主義の根幹を揺るがすような法も多い。共謀罪に関する法律、自立支援法等、かつての悪名高い治安維持法と同じレベルの法が・・・・
≪あなたは、「本当に」テロリストと関わったことはないと言えますか?≫
「疑わしきも罰しますよ」的法を作ったら、その国の民主主義は終わりだって思う・・・
もちろん、、人権を侵害するような使用はしないといって法律化を目指されているけど。。
 
 かつて、日本がはじめて男子に普通選挙権が与えられたとき、同時に「治安維持法」が施行された。この時代の空気って、きっと今と同じだったんだろうなって思う。
 なんで治安維持法みたいな、どう考えても人権を無視した法律ができてしまったのか。これまではわからなかったけど。今でははっきりわかる。。。悲しいことに。
 普通選挙権ってのは、郵政の民営化に比べれば、はるかに重要な法案で、それが選挙の争点になるのは仕方ないって思う。だから、それに目を奪われた当時の人を僕はあまり責めることはできないけど・・・
 郵政の民営化に気をとられて、民主主義自体の存立を危うくしたら、将来の僕たちの子供は、僕たちをなんて評価するんでしょうね。。。。評価を公然と主張することすら許されない世の中になってしまっているかもしれないけど。
 
 
 小泉さんに、ヒットラーやスターリンのような心がないことを祈るばかり。
 いまや、日本人の生存権をはじめとした権利は、一人の人の心のうちに納められてしまった。
 この状況を作り出した人達に怒りを覚えるけど、僕も有権者の一人としては責任があるって思う。
 今後、また小泉さんが僕たちに選挙権を与えてくれるなら、今度こそは独裁体制が生まれないよう、考えて投票、行動しなくては。。。
 
 もっとも、小泉さんがより狡猾で、才知に長けているのなら、もうしばらく悪意の爪は隠しているだろうけど。。。そこまでの悪魔ではないよね。たぶん。そう祈ります。
 
09 September

無題

 変わったか。
 変わらざるか。
 動いたか。
 動ぜざるか・
 開いたか。 
 閉じたるままか。
 きっと何かが変わるそう思っていた。
 きっとなにかが動くそう思っていた・
 きっと開くと思っていた。
 そこにあったのは。
 思わぬ不動。
 思わぬ安定。
 思わぬ強靱。
 台風一過の青空。
 ここちよい秋の一日。
 
26 July

語り合おう今というこの時私達がどうして出会い
私たちがどう生きて
どう歩んでいくのか。
私たちの間には
私とあなたが探していたものがある。
思い描いた形とは少し違ったとしても。
期待していたより温かい。あなたがそこにいるだけで私の心は安らぎ、
あなたが隣にいれば
命を立て私は私としてそこに存在できる。
星と夜空が共にあるように太陽に青空が必要なように私とあなたはここにある。
あなたがれば私は輝く。
あなたが輝くために私はここにいる。
やがて、二人で作り上げた輝きは、
飽和して、
より多くの花の幹となり。より多くの収穫をもたらす大地に張った根となり。


ねっ

人(自分を含めて)を思いやって、代償を求めず何かをする。ってことを最近忘れていたかな。
ついつい、人の評価を気にして、評価されることを期待して行ってしまうことばかりになってしまう。
ただ楽しむとか、ただ悲しむとか、ただ笑うとか。結構忘れていたかもしれないと思う。
何かが起こることを期待して人と話していたし、
何かが変わることを期待して、仕事をしていたし。
気持ちが軽くなることを期待して、
ブログを書いていた。
期待すれば苦しくなるだけなんだよなあ。
 
14 July

大いなる幻想

魂を一番理解しているのは、心ではなく頭なのかもしれない。
あなたにふられた意味を、僕の頭は納得しているから。
それは、
周りの人からの暖かい気持ちが、
今の僕にはよく届くということ。
今日知り合って、
あいさつだけを交わした人の
ちょっとした心遣いさえ。
 
いつも快く迎えてくれる友の、
いつも通りの
メールにも。
 
自分がたくさんのおかげで生きていると、
人の間にいるという意味を、
もっとしっかり学ぶということを、
僕の魂は要請したに違いない。
それが、僕の魂の要求。
 
でも、いつも心と呼んでいる
体の真ん中の部分。
そう、胸のあたりだけ、
やっぱり納得していないということに気づく。
<せつなさ>と
勝手に名づけてしまった、
僕の真ん中で脈打っている
血のうごめきだけが、
どうにも痛んで
僕をずぶずぶと浸らせる。
僕をずぶずぶと、沼の奥へと沈ませてしまう。
 
この底の見えない、
出口がなかなか出てこない、
ブラックホールに沈んでしまう僕を
どうか許してほしい。
僕を愛してくれる人、
僕を信じてくれる人、
僕を必要としてくれる人。
どうか許してほしい。
 
今の僕は、
このずぶずぶとした沼の底に、
何か癒しにもにたエネルギーを
感じてすらいるのです。
だからしばらくは、
許してほしい。
 
いつかきっと、
魂の要請。
頭だけが理解している、
きっと幻想でしかないかもしれない、
僕の魂の要求が、
僕にこの地をもう一度しっかり歩かせてくれるまで、
少々喧騒で、
少々息苦しい
だけど生きるエネルギーに充ちた
この街を、
もう一度好きになれるその日まで。
きっとその日は遠くない。
ほら
きっと今でさえ、
その時に確実に近づいているから。
 
 
 
10 July

不安

 拾った欠片を。
 つなぎあわせているうちに、
 全体がどんな形だったかわからなくなっちゃった。
 あんなに美しくなるはずだったのに、
 今はへんてこなかたちがあるばっかりで、
 このまま欠片をはめ込んでいいものか、
 それとも立ち止まって、
 もう一度やり直してみるべきか。
 またまた迷い出してしまった。
 こんなときは、一人暮らしの部屋が、
 居心地の悪い場所になって、
 じっとしていることが恐ろしく不安なんだ。
 好奇心を満たしてくれていたはずの
 先生の言葉も、
 今はただの古い文字でしかなく。
 
 どんな単純なものでも、
 手に伝わるぬくもりが、
 幼稚なものでも、
 新しい肌感覚が
 ほしくなる。
 
 
 
09 July

うれしい発見もあり

 しばらく他の人のブログを覗く余裕がなく、久しぶりにいろんな人のを覗いていたら、うれしい発見や、うーんと考えさせられることや。いつもどり、がんばってるなって感じだったり。もう少し余裕ができたら、コメントも出します。
 気持ち上下しつつ、回復していくだろうと思うし。
 
05 July

不思議とそんな確信

 自分の中にある、
 血の通った風船の温度が、
 上がったり。
 下がったり。
 日によって。
 時間によって。
 誰と接しているか。
 そんなものによって、
 忙しく変化する。
 割れてはじけてしまう時は近い。
 恐れもあり、
 実は丈夫な丈夫なものなのだ、
 そんな気楽もある。
 
 上を向いた気持ちの時も、
 落ち込んでいるような時も、
 わかっているのは、
 じっとはしていられないということ。
 止まれば、解決はない。
 動いているところに
 明日は来る。
 不思議とそんな確信だけはある。
 
 顔を上に向けているだけのときは気がつかなかったものに
 今日は気づく。
 下げて、上げれば、
 真正面にある、激しく燃えた炎にも気づく。
 なんだ・・・
 いいことばかりじゃん。
 
 
 
30 June

こういうとき

 こういうときっていつも気づく。
 自分の足らない部分に。
 変えていくべきところに。
 止まってはいけないってことに。
 こういう時って、いつも楽しい。
 何をすればいいのか、なんとなく見え出しているから。
 新しい世界の扉の前に今、立っているって思うから。
 どんなことが起こるのか、
 どんな出会いがあるのか。
 わからないけど、
 どんなに身近な、
 親しい人と触れ合ったって、
 今は、生まれたてのように新鮮で、
 すべてが新しい。
 不安な時の終わり。
 目の前には、
 まだ見ない荒野。 
 こういうときって、いつもドキドキしている。
29 June

こんなことってない?

 こんことってない?
 どんどん動いて、もろにすべてを受け止めてしまう自分と
 いつも静かにしていて、いつも突き放して
 「自分」を形成しているものを眺める存在。
 それが、僕の中には確かにあって
 ふられて、惨めに、そして、残酷に落ち込んでいる僕を、
 もう一人の突き放して見ている僕は、
 それをとても楽しんでいて、おもしろがっていて。
 この静かな、分身は、
 行動的になろうとするとき、
 たまに静かに考えすぎていて
 足止めしたりもするけれど、
 僕がどん底に落ちたときには、
 その楽天的な思慮深さで、
 救ってくれたりもする。
 
 両方僕だから、
 少なくとも、静かな僕は、
 二人ともが自分だとわかっているから、
 時に自分でもわからなくなる。
 今泣いているのが僕なのか、
 今、上下してめちゃくちゃな僕の心を、
 楽しんで、おもしろがっているのが僕なのか。
 
 最近の状況、
 より客観的に分析すれば、
 決して、肯定的とはいえないのだから、
 やっぱり、泣いているのが僕なのかな。
 
 
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